私流 歌ってみたMIXの依頼を受けた時の流れ
みなさまこんにちは、YAMINABE RECORDSのいしぐろ(@YR_ishiguro)です。
最近音楽活動に精力的に動くようになっています。
もっぱらボカロ等、合成音声ソフトウェアを使った楽曲の制作が主ではありますが、先日行われたボカデュオの影響もあり、人間の声を触りたい欲が湧いてきました。
というわけで声のミキシング、いわゆる歌ってみたのボーカルMIXを十数年ぶりにやったので、備忘録を兼ねて流れをメモしておきたいと思います。
同業者向けのHow Toというよりはボーカリストさん向けに「こういう事をやってるんですよー」と紹介みたいな感じの記事になりますのでご容赦の程願います。
目次
参考楽曲:星街すいせい 「ビビデバ」 ボーカル:てふ様
MIXしたのは今を時めくVTuber 星街すいせいさんの「ビビデバ」フォニィやトウキョウ・シャンディ・ランデヴといった人気曲を手掛けるツミキさん手掛けるダンスナンバーですね。
今回は1番サビ終わりまでのワンコーラスのみのご依頼でした。
原曲
完成
【手順:1】リファレンス曲をこれでもかというくらい聞く
まず大事なのは曲を知らないといけません。元々何度も聞いていた曲ではありますが、通勤時間は常に車の中でループ再生していました。
リスナー目線では知っている曲でも、クリエイター目線で聞いていると「ここのリズムは拘る必要があるな~」とか「こんな加工してるのかな~」とか様々な情報が入ってきます。
【手順:2】ボーカルデータ提出前の事前準備
曲を聴き込み全体像が掴めたら、ボーカルを録音してもらう前の作業と、録音待ちの際の作業が発生します。
提出前:歌い方の指示書の作成
全ての楽曲でやる作業ではありませんが、この曲の場合ラップっぽいパートが入っていたり、通しで歌っているわけではないので、「録音の際こんな感じで歌ってください~」というメモを作ります。
もちろん歌い方やニュアンスなどボーカリストさんの個性が発生する場所には干渉せず、あくまで楽曲として仕上げるために必要な音を指示するメモとなります。
録音待ち:楽曲テンポの特定とトラックの整理
配布されているインストデータを編集ソフトに配置し、ピッピッピというメトロノームの音を頼りにテンポ(BPM)を特定します。最近はすでにインターネット上でテンポが公開されていたり、作者様が記載してくれていたり、特定するAIなんかもあるようです。
テンポは正確に設定しないと、後々の編集やエフェクトを追加した際の効果のかかり方に問題が発生しますので根気よく特定が必要です。
テンポが特定出来たら、楽曲の加工によってトラックが複数必要になってくるのでそれらを準備します。
例えばビビデバの場合メインボーカルの他に最低でも下記のようなトラックが必要です。
- Aメロのメロディと一緒に入っている掛け声のフレーズ
- THE PARTY AIN’T STARTED の歪んだ加工
- Bメロ以降のハモリ
- サビ後半の BIBBIDI BOBBIDI BOOWA
あらかじめトラック分けしておくと、加工が必要な箇所のメモ代わりになって情報を整理しやすくなるのでお勧めです。
録音待ち:ハモリのガイドメロディの耳コピ
この曲はBメロ以降、メロディと同じ歌詞のハモリ(字ハモが)があります。ボーカリストによって自身で歌ったり、メインボーカルを加工してハモリにしたり、なぜか私が歌ったりと様々ですが、ガイドがあると録音の際にも編集の際にも役立ちます。
今回はメインボーカルを加工する形式を取りましたが、自身で歌ってもらう場合は、書き出してお渡しも出来ます。
【手順:3】録音データの下処理
待望の録音データが届いたら、MIX作業に入る前にデータの下処理を行います。自宅で録音するいわゆる宅録の場合、環境音などのノイズが多く含まれることになるので、それをなるべく目立たないように処理するわけですね。
使うアプリケーションは、iZotope社の RX10 Audio Editorでバージョンがいくつかありますが、私は最上位のAdvanced版を使用しています。正直ボーカルの処理だけならStandard版で全く問題ありません。
基本的に下記のような処理はエンジニア(以下:MIX師)側でおこないますので、ボーカリストさんは録音した状態の物を何も触らずそのまま送ってもらえれば大丈夫です。
De-click | クリック音の除去
電波干渉やデジタルノイズ、唇や舌のノイズなど短めで瞬間的なノイズを除去します。
De-plosive | 破裂音の除去
「パ」行や「P」といった破裂音を除去します。
Spactral De-Noise | スペクトル・ノイズ除去
エアコンの音や、マイクのサーっといったホワイトノイズ等の環境音を除去します。
録音データに含まれるノイズを学習し処理するので、無音部分が残っている必要があります。エンジニアが良く言う「無音部分はカットしないでください」といった文言はこのためです。
【手順:4】録音データの配置と、OKテイクNGテイクの振り分け
下処理が終わったら、録音データを事前準備したトラックに振り分けていきます。
私が作業する場合は、OKテイクを何回か録音してもらって、その中でもクオリティの高い箇所を良い所取りして使う事が多いです。
というのも通常のレコーディングだと、OKが出るまで何度も録り直す事が出来るのですが、宅録でのセルフレコーディングの場合、エディットしていく上で使いづらい箇所がどうしても出てきます。
ですので複数本用意してもらって良い所取りする、という形が効率よくなります。もちろん複数テイクとなると声の質が変わる事があります、それを全体を通して違和感無く繋げるのもMIX師側の腕の見せ所ですね。
…とは言え、どうにもならない場合は該当箇所を再度録音してもらうことも私の場合はあります。
またこの段階で、録音データの音量のばらつきを整えたり(Compressor)、声の質感を決めたり(EQ)という作業を仮である程度進めておきます。
【手順:5】ボーカルエディット
個人的にはここが一番MIX師の腕が出るポイントだと思います、ピッチとリズムの補正やメインボーカルからハモリパートを生成する作業です。
いわゆる加工で賛否両論いろいろ言われますが、私は賛 of 賛、どんどんやりましょうという考え。
デートや就活といった大一番にはお化粧しますよね?髪の毛はスタイリングしますよね?良い服着ますよね?ボーカルエディットというのはそんな物です。生っぽさが求められるライブは別ですが、録音され繰り返し聞かれる音源であれば綺麗にしてあげたい。そんな気持ちでエディットします。
ハモリは事前準備で耳コピしたデータをガイドにして生成します。こういった作業はMelodyneというソフトを使って行っています。
【手順:6】インスト音源とボーカル音源のミキシング
一般的にMIXというとこの工程を思い浮かべるのではないでしょうか。
音量の調整や、コンプレッサー・EQ・リバーブ・ディレイ等々、様々なエフェクトを駆使し、インストとボーカルを馴染ませます。
処理の内容は書ききれないのと、依頼者さん向け内容ではありませんのでこの記事では省きます。
【手順:7】マスタリング
マスタリングは本来アルバムの楽曲間の音量や音圧の調整的な意味だったはずなのですが、「歌ってみた」におけるマスタリングは、音圧の最終調節という意味で使われる事が多いです。
Youtube等の動画投稿サイトにアップする場合、他の楽曲と音量・音圧差が無いよう、同程度になるようにしたり、スマートフォン等様々な視聴環境でも破綻しないように調節します。
【手順:8】確認からの完成
私の場合は手順5~6あたりで一度依頼者さんに確認をもらって、気になるようであれば修正します。人によっては、気になる箇所をレコーディングし直したりします。
そんなこんなで3~6をループしながら、双方が納得できる音源が仕上がったら完成となります。
まとめ:意外と大変なのよね…
改めて書き出してみると、なかなかの仕事量でした(笑)
世のMIX師と呼ばれる方には「年間数百件」とか「即日対応」みたいな謳い文句でやっている方もおられますが私には到底真似できません…
依頼いただいてから少し日数はもらいますが、お互い納得の出来る音源に仕上げますので、ご興味のあるかたはお気軽にX(旧:Twitter)のDMまでご連絡ください。